昨日といい今日といいーもう10月も終わろうとしているのに、現場で一汗流して来ました~!
早く家に帰って一杯やりたいです~酔いどれ中年キッチンスペシャリストの“KS-星の”です。
先日“Yu”のショッピングの付き合いで名古屋栄に行った時に、久々“MEIDI-YA STORE”
(明治屋ストアー)に入り 店内を物色していると 発見しましたー伝説の謎のカクテル【電気ブラン】
(明治屋さんと言えば、今流行の“グロサリーショップ”の走りですねー大人のワンダーランドです。)
何故か以前から名前だけは聞いた事が有り、気にはなっていたのですが店頭で見つけたのは今回
が初めてで、現在“Mr. おうちBar”を目指す“星の”にとって、テイスティングが必須のカクテルです。
過去記事~『“おうちBAR”初めの一歩は【マティーニ】でしょう。』も良かったら参照して下さい。
【電気ブラン】
明治時代に誕生した なぞのカクテル「デンキブラン」
冷やしてストレートか おんざロック!
ジンジャーエール・ソーダとレモンで割ってハイボール!
720ml で税込¥1,110 ・・・・庶民的プライス
アルコール度数は40° と表記されていました。
早速購入し我が家に持ち帰り まずは、“電気ブラン”をオン・ザ・ロックで頂きました。
一口頂いた瞬間に明治の大衆文化の一端を味わった気がしました・・・これぞ、「浅草浪漫の味」
“ブラン”と名が付くだけあって、もちろん ブランデーベースのカクテルですが、ジン&ベルモットの
風味も効いていて あのKing Of Cocktailの“マティーニ”に少々の甘味を何かで加えた感じでした。
裏のラベルには、『「デンキブラン」は 明治の頃から浅草の代名詞とされてきたお酒です。ブランデー
やワイン、ジン、ベルモット、キュラソーなどのカクテルでその処方は未だもって秘伝となっています。
いわば「夢のカクテール」と申しましょうか~』と説明書きがなされていました。~やはりね。
もう少しこの【電気ブラン】について調べてみると、生みの親とされるのは後に 大正のワイン王と
称された実業家「神谷傳兵衛(でんべえ)」氏が明治26年頃に生み出し、自身が創業した浅草の
老舗「神谷バー」で発売していた処、看板メニューとなり庶民を中心に浅草の名物になったそうです。

・・・なんて色々調べていたら、ボトルが一本開いちゃいました~もちろん一日でーじゃないですよ。
【電気ブラン】の名前の由来は、誕生した頃の明治時代には「電気」は未だ珍しく、目新しいもので
モダンでハイカラなものを称して“電気〇〇”などと呼ぶ風潮が有ったらしく、そこからの由来と口に
含んだ瞬間に「ビリリー」と痺れる飲み口もあいまって【電気ブランデー】と名付けられたそうです。
その頃の人は まさか現代の様に【原発】で電気を作るなんて 思いもしなかっただろうなー。

さあ~ニューボトルを開けてもう少し 調べてみましょう。その当時の文学者の多くが下町の浅草
に心ひかれ、この“神谷バー”を庶民の社交場として愛し、ここを描いた文学作品も数多く有ります。
太宰 治の『人間失格』、芥川賞作家三浦哲郎の『忍ぶ川』(映画化もされました 主演 栗原小巻)
萩原朔太郎はここで「一人にて酒をのみ居れる憐れなる 隣の男に何を思ふらん」と詠みました。
さらに「どっかで聞いた気がする」と言う“Yu”情報から調べてみると、京都を舞台とした小説で昨今
人気の高い、森見 登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』を読んだ際、ここには【偽電気ブラン】なるもの
が出てきているそうです。主人公の“黒髪の乙女”が先斗町界隈を彷徨ううちに 怪しげな登場人物
から“幻の酒の噂”を聞き 興味の余り 高利貸の老人と【偽電気ブラン】の競い飲みをする場面です。

そんな事で 現在我が家の“おうちBar-星の”では【電気ブラン】の出番が多くなってきています。
神谷バーのお勧めの飲み方は、良く冷やした【電気ブラン】をストレートで小さめのグラスに注ぎ
ゆっくりと転がし、そして「ビールをチェイサー代わりに」という飲み方らしい。これはビールの合間
にチビチビやる事でその度数を和らげて飲まないと 後が大変な事になってしまうからだとか・・・
最後に あがた森魚さんの【電気ブラン】を聴いてお別れしましょう→電気ブラン You Tube
「一口天国、二杯で地獄、三杯飲んだらあの世行き~」ってそんな大げさな事は有りませんよ。

でも、皆さんは

